微庵の論語メモ

現代語訳は可能な限り原文に忠実に、かつ分かり易くを心がけております。

章句解説(学而第一)

礼の和を用て貴しと為す(論語、学而第一⑫)

礼とは、和を調節するもの。 和とは、家族が和やかに楽しむ様子。 家族が和やかに楽しむ、 これこそが孔子が理想とした社会の姿、 すなわち仁なのではないだろうか? (礼、和と仁) 有子曰わく、礼の和を用て貴しと為すは、先王の道も斯を美と為す。小大之…

忠信は誠と解釈する(論語、学而第一⑧)

忠信は真心から人が言うと書く。 誠は言葉が成ると書く。 忠信=誠と解釈しても良いのではないか? すると、この章句は、 次の中庸の章句と合わせて読むべきものとなる。 子曰わく、君子、重からざれば則ち威あらず。学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に…

父在せば、其の志を観(論語、学而第一⑪)

そのまま現代語訳しても、よく分からない。 次の中庸の章句と合わせて読むべきと思う。 子曰わく、父在せば、其の志を観、父没すれば其の行を観る。三年父の道を改むる無きは、孝と言うべし。(学而第一・仮名論語6頁) 孔子先生が言われました。 「父の存…

忠信を主とし(論語、学而第一⑧)

忠信を主とするのは、君子の大道を得るがためである。 子曰わく、君子、重からざれば則ち威あらず。学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とする無かれ。過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。(学而第一・仮名論語4頁) 孔子先生が言われま…

学べば則ち固ならず(論語、学而第一⑧)

謙虚に学べば、頑固でなくなる。 たとえ頑固であっても、不遜よりは良い。 子曰わく、君子、重からざれば則ち威あらず。学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とする無かれ。過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。(学而第一・仮名論語4頁) …

行いて余力あれば、則ち以て文を学べ(論語、学而第一⑥)

文とは文書すなわち書物のこと。 書物に学ぶのは、 仁を磨くため、君子の道を行うためである。 子曰わく、弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力あれば、則ち以て文を学べ。(学而第一・仮名論語3頁) 孔…

謹みて信(論語、学而第一⑥)

「謹」を「慎」として解釈する。 すると、 大学や中庸にある 「君子は独りを慎む」と 合わせて読むことができる。 子曰わく、弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力あれば、則ち以て文を学べ。(学而第一・…

民を使うに(論語、学而第一⑤)

「民を使うに時を以てす」とある。 人を使う場合の心得として解釈する。 人を使うには、「慈」「礼」「義」といったものが必要とされる。 「時を以てす」も「慈」「礼」「義」に基づくものと考えられる。 子曰わく、千乗の国を道くに、事を敬して信、用を節…

人を愛し(論語、学而第一⑤)

「人を愛する」は仁である。 人から愛されることよりも 人を愛することの方が尊いのである。 子曰わく、千乗の国を道くに、事を敬して信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。(学而第一・仮名論語3頁) 孔子先生が言われました。 「戦車千台(諸侯…

用を節して(論語、学而第一⑤)

「用を節する」を 支出に減り張りをつける、と解釈する。 そうすると、 夏王朝初代・禹王の人柄を述べた次の章句と合わせて読める。 子曰わく、千乗の国を道くに、事を敬して信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。(学而第一・仮名論語3頁) 孔子…

事を敬して(論語、学而第一⑤)

「事を敬する」は 君子や仁の要素でもある。 敬する対象は、 「事」だけでなく、 「人」も含めて解釈するのが良い。 子曰わく、千乗の国を道くに、事を敬して信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。(学而第一・仮名論語3頁) 孔子先生が言われま…

三省(論語、学而第一④)

「三」は何度も。 「省」は反省だけでなく、 不善を省くと解釈するべきである。 曽子曰わく、吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか。(学而第一・仮名論語2頁) 曽先生が言いました。 「私は…

巧言令色(論語、学而第一③)

巧言令色が必要なときもある。 巧言令色を全否定する趣旨ではないだろう。 文飾と実質のバランスを保つのが論語のテーマの一つ。 巧言令色は文飾の一例。 巧言令色も 実質とバランスがとれていれば、 許されるのではないだろうか? 子曰わく、巧言令色、鮮な…

有子・曽子・子夏・子貢の言葉が揃う篇

有子は孔子の教えを代弁し、 曽子は孔子の教えをよく受け継ぎ、 子夏もまた良い言葉を遺し、 子貢は孔子から名言をよく引き出した。 この4人全員の言葉が揃うのは、学而篇のみ。 学而篇には何か総集編的役割があるように思える。 子曰わく、学びて時に之を…

君子は本を務む、本立ちて道生ず(論語、学而第一②)

「本」とは この章句にあるように、 孝弟と解釈するのが通常と思う。 だが、大学を受けて 「修身」と解釈しても良いように思う。 このように解釈することで、 「本立ちて道生ず」の「道」を 「君子の道」と解釈しやすくなる。 有子曰わく、其の人と為りや、…

上を犯す(論語、学而第一②)

弟が入っているので、 「上」は目上と解釈するのが通常。 だが、 中庸の最終章と関連付けて、 上天すなわち天と解釈することも可能と思う。 その方が深みが増す。 有子曰わく、其の人と為りや、孝弟にして上を犯すを好む者は鮮なし。上を犯すを好まずして乱…

まとめ(論語、学而第一①)

論語の最初に置かれた章句は、 論語全体を通じて浮かび上がる 孔子先生のお人柄そのものと言われる。 http://blogs.yahoo.co.jp/rihito141/11621779.html また、論語の最初の章句は 論語全体を貫くテーマが凝縮されている。 そのため、小論語とも言われる。 …

君子(論語、学而第一①)

君子とは立派な人物のこと。 論語の中で最も登場回数の多い単語である。 君子はどんな人物か?は 論語最大のテーマと言える。 子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。…

人知らずして(論語、学而第一①)

人からどう思われているか 気にするよりも、 天命・使命を自覚し それを追い求めているかどうかを気にする。 論語を貫くテーマである。 子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子な…

楽(論語、学而第一①)

お金で買える楽しみは 本当の楽しみではない。 やるからには楽しんでやる。 論語を貫くテーマである。 子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。(学而第一・仮名論語1…

朋(論語、学而第一①)

朋は肩を並べた様子を表し、 友は手でかばい合う様子を表している。 したがって、朋も友も 仲の良い様子を表している。 いかに忠信の友をもち舗仁するか? 論語を貫くテーマである。 子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来る有り、…

説(論語、学而第一①)

説はよろこぶ。 悦ではなく説なのは、 心でよろこぶのでは足りず、 人に言いたくなるほどだからかもしれない。 小さなこと、 些細なことでもよろこび、 感動・感謝できるよう、 常に心の新鮮を保つ。 論語を貫くテーマである。 子曰わく、学びて時に之を習う…

習(論語、学而第一①)

「習」の「羽」は雛鳥を表し、 「白」は重ねること→繰り返すことを表す。 したがって、「習」は 雛鳥が羽を何度も動かして 飛ぶことを習得していく様子を表している。 そこから「習」は 実践するという意味も持ってくる。 孔子先生は実践を重んじる。 論語を…

学(論語、学而第一①)

子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。(学而第一・仮名論語1頁) 孔子先生が言われました。 「学んだことを時に応じて実践・習得する。なんと喜ばしいことではない…

人の己を知らざるを患えず(論語、学而第一⑯)

学而第一篇最後の章句。 子曰わく、人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり。(学而第一・仮名論語10頁) 孔子先生は言われました。 「人に認められないことを心配するのではない。自分が人を認めていないのではないか?と心配するのだ」 た…

貧しくして道を楽しみ(論語、学而第一⑮)

たとえ裕福でも たとえ貧しくても 道を楽しむ。 これも論語の中で 何度も繰り返されるテーマである。 子貢曰わく、貧しくして諂うこと無く、富みて驕ること無きは如何。子曰わく、可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には若かざるなり。子貢…

「居安きを求むること無し」(論語、学而第一⑭)

「居安きを求むること無し」とある。 「家での安息を求めない」という意味ではないだろう。 子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。(述而第七・仮名論語81頁) 孔子先生が家でおくつろぎのときは、のびのびとされ、にこやかな表情をしておられました。…

「信、義に近ければ」(論語、学而第一⑬)

信は「人が言う」と書く。 言ったことを実行することで信が生まれるのかもしれない。 だが、言ったことを 何が何でも実行するのは 小人のすること。[参照「言必ず信」は小人(論語、子路第十三⑳)] 君子は「言ったことが義にかなっていれば実行する」ので…

「礼の和を用て貴しと為す」(論語、学而第一⑫)

礼の大切さは 何度も繰り返されるテーマ。 次の章句は礼の目的を みんなが和することにある としたものと解釈することができる。 この章句もやはり、 学而第一に相応しいように思う。 有子曰わく、礼の和を用て貴しと為すは、先王の道も斯を美と為す。小大之…

「先王の道」は仁の道(論語、学而第一⑫)

孔子先生が説いたのは仁。 それは孔子先生が 創作したものではなく、 堯・舜・文・武という 古代の聖王たちが実現したものだった。 (述べて作らず) 「先王」とは 堯・舜・文・武であり、 「先王の道」とは 仁の道ではないか?と思うのである。 有子曰わく…