微庵の論語メモ

現代語訳は可能な限り原文に忠実に、かつ分かり易くを心がけております。

孔子の道を貫く「一」(論語は誰が作ったか?3)

前回からの続き)
ところが、天は孔子を見捨ててはいなかった。
孔子よりも46歳も年下の曽子が登場したのだった(仮名論語3頁上)。
 
 
子曰わく、参(しん)や、吾が道はを以(もっ)て之(これ)を貫く。曽子曰わく、唯(い)。子出ず。門人問うて曰わく、何の謂(いい)ぞや。曽子曰わく、夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ。(里仁第四・仮名論語43頁)
孔子先生が弟子の曽先生に言われました。
「私の教えは、つのことで貫かれているのだよ。」
曽先生はすかさず、「はい」とだけ答えました。
孔子先生が出てゆかれると、他の弟子が、曽先生に問いかけました。
「『つ』とはどういう意味でしょうか」
曽先生は答えました。
孔子先生の教えは、忠恕(≒まごころから相手を思いやる気持ち)だよ。」
 
 
この章句の「」について、
孔子は子貢にも同じように問いかけていた。
 
 
子曰わく、賜(し)や、女(なんじ)は予(われ)を以て多くを学びて之を識(し)る者と為すか。対(こた)えて曰(い)わく、然り、非なるか。曰(のたま)わく、非なり。予はを以て之を貫く。(衛霊公第十五・仮名論語228頁)
孔子先生が言われました。
「賜(弟子の子貢の名)よ、お前は私が多く学んで何でも知っているとでも思っているのか。」
子貢が答えました。
「その通りです。間違っておりますか。」
孔子先生が言われました。
「間違っている。私の考えは、たったつのことで貫かれているのだよ。」
 
 
孔子が同じような質問を子貢と曽子にしていたのは、
顔回亡き後の後継者を考えてのことだったのかもしれない。
子貢は孔子よりも31歳若く(仮名論語7頁上)、世代的には顔回と同じ。
孔子よりも優れていると評される(子張第十九・仮名論語302頁)ほど優秀な弟子だった。

ところが、
子貢は曽子と違いこの「」が分からなかった。
孔子に次のように質問している。
 
 
子貢問うて曰わく、言にして以て身を終うるまで之を行うべき者有りや。子曰わく、其(そ)れ恕(じょ)か。己の欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ。(衛霊公第十五・仮名論語237頁)
弟子の子貢が尋ねました。
「生涯行っていくべき大切なことを、たった言で表すとすれば、何でしょうか。」
孔子先生が答えられました。
「それは恕かなぁ。自分にされたくないことは、他の人にもしないことだよ。」
 
 
そのため、孔子は子貢には語らなかった次のことを
曽子には語ったと考えることができる。(つづく