微庵の論語メモ

現代語訳は可能な限り原文に忠実に、かつ分かり易くを心がけております。

孝には親が子を抱く意味もある

孝という漢字は、
子が老(親)を背負うだけでなく、
老(親)が子を抱くことも示している。

江戸後期から明治初期の我が国は、
欧米人から「子供の楽園」と評されていた(「逝きし世の面影」より)。

もっと子供を大事にする社会に戻って良いのだと思う。


顔淵死す。顔路、子の車以て之が椁を為らんことを請う。子曰わく、才あるも才あらざるも、亦各々其の子と言うなり。鯉や死す、棺有りて椁無し。吾徒行して以て之が椁を為らざりしは、吾が大夫の後に従えるを以て、徒行すべからざるなり。(先進第十一・仮名論語143頁)
顔淵が亡くなりました。父・顔路は孔子先生の車を売って椁(外棺)を造りたいとお願いしました。
孔子先生が言われました。
「才が有っても才が無くても、我が子の可愛さはみな同じ。鯉(孔子先生の長男)が死んだ時、棺があって椁は無かった。私が椁を造らなかったのは、私が大夫の末席にあるため、徒歩で行ってはならなかったからだ」


詩に云わく、穆穆たる文王、於緝煕にして敬止すと。人君と為りては仁に止まり、人臣と為りては敬に止まり、人子と為りては孝に止まり、人父と為りては慈に止まり、国人と交わりては信に止まる。(大学・仮名大学8頁)
詩経には、「深遠な風格ある文王は、ああ、いつも明るく親しみやすく、それでいて常に心に敬をもっていた」という言葉がある。
文王のように、君主となれば常に心に仁を、臣下となれば常に心に敬を、子となれば常に心に孝を、父となれば常に心に慈を、国人と交わる際には常に心に信をもつのである。