微庵の論語メモ

現代語訳は可能な限り原文に忠実に、かつ分かり易くを心がけております。

命には宿命、運命、天命(使命)がある

命には宿命、運命、天命(使命)がある。

宿命は変えられないが、運命は変えられる。

与えられた宿命のもと、最善を尽くす。

最善を尽くしていれば、必ず天命(使命)が見つかる。

天命(使命)が見つかれば、運命は必ず好転する。


孔子曰わく、命を知らざれば、以て君子たること無きなり。礼を知らざれば、以て立つこと無きなり。言を知らざれば、以て人を知ること無きなり。(堯曰第二十・仮名論語313頁)
孔子先生が言われました。
天命を知らなければ、君子の資格は無い。礼を知らなければ、社会に立つことはできない。言葉を知らなければ、人を知ることはできない」


君子は、其の位に素して行い、其の外を願わず。富貴に素しては富貴に行い、貧賤に素しては貧賤に行い、夷狄に素しては夷狄に行い、患難に素しては患難に行う。君子入るとして自得せざる無きなり。(中庸第十四章・仮名中庸21頁)
君子は、自分の地位や立場に基づいて(誠心誠意
最善を)行うことだけを考え、その他余計なこと(不平不満など)を考えない。裕福だったり高い地位にあれば、それに相応しい最善の行動をとり、貧乏だったり低い地位にあれば、またそれに相応しい最善の行動をとり、未開の地へ行ったときは、その土地に相応しい最善の行動をとり、患難に遭えばそれに対応した最善の行動をとる。要するに君子は、どこへ行っても自分の為せる最善を誠心誠意行うことができるのである。


康誥に曰わく、惟れ命常に干てせずと。善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うを道う。(大学・仮名大学29頁)
康誥(書経の一篇)には、「天命はいつでも失われる」とある。善であれば天命を得るが、不善であれば天命を失うということである