微庵の論語メモ

現代語訳は可能な限り原文に忠実に、かつ分かり易くを心がけております。

教育勅語は創られた道徳なのか?

日本経済新聞の井上亮編集委員
また明治時代について的外れなことを書いている
(過去の記事:皇位継承問題、日経へ反論)。
今回の記事を一部抜粋・要約すると次のようになる。
(10月20日日本経済新聞朝刊より)
 
 
『誕生して間もない明治国家は、西洋から軍事・経済的脅威だけではなく、思想的挑戦を受けていた。個人主義キリスト教の浸透である。これらは天皇を機軸とする国家体制を揺るがす恐れがあった。対抗するため創られたのが天皇を「家長」、国民を「赤子(せきし)」とみたてる家族国家観と忠孝の国民道徳だった。』
『そこで登場したのが90(同23)年10月30日に発布された「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)だった。』
家長に服従する制度は、拡大すれば国民全体が天皇服従することにつながる。』
『家族国家観は、その後の戦時の軍国・超国家主義と融合し、神がかり的なものになっていく。』
 
 
まず、
教育勅語は創られた国民道徳ではなく、
論語など通じて日本が古来培ってきた道徳を
再確認したものにすぎない。
(関連記事:今日は教育勅語の日
 
 
次に、
「忠孝」は「服従」という意味ではない。
  
孟武伯、考を問う。子曰わく、父母は唯(ただ)(そ)の疾やまいを之れ憂う。(為政第二・仮名論語14頁)
孟武伯が「孝」について尋ねました。
孔子先生が答えられました。
「父母はただ、子の病を心配するものです」
 

さらに、
「戦時の軍国・超国家主義」は
明治憲法の欠陥(統帥権を補弼する機関が不明瞭だったこと)に由来する。
教育勅語や家族国家観とは全く関係ない。
(関連記事:大日本帝国は長く存在できなかった
 
 
 
日本経済新聞の井上亮編集委員
論語を読んだことが無いように思えてしまう。
リーディングペーパーの編集委員で良いのだろうか??
 

子曰わく、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以(もっ)て師と為るべし。(為政第二・仮名論語16頁)
孔子先生は言われました。
「昔の物事を研究・吟味する。今の最新知識も得る。古きと新しきの両方を兼ね備えた人物こそ、人々の指導者となるに相応しい」